おはようございます、終野です。

前回の更新からひどく時間が空いてしまいましたが、更新します。

8月9月と色々慌ただしく、文章を書く気にならなかったのですが、10月になって少し余裕が出てきました。
このままペースを取り戻していきたいです。

さて、今月はアネラ第9話「独占欲発露」です。

前回言っていた通り、分ける羽目になりました。
長すぎる上に内容が違いすぎて、前後編にすらならなかった。
タイトルってやっぱり難しいなー。

次回第10話が本当のクライマックスです。
予定ではきょーちゃん視点。11話で完結予定。

まずは、第9話楽しんでいただければ幸いです。





「葉山先生」

教員室の引き戸から出てきた見慣れた制服に固まる。
はなかと身構えたが、俺の予想はすぐに裏切られた。

「……あぁ、松山か」

よくよく考えたら、はなは松山美穂みたいに髪の毛を染めたりしていないし、化粧が濃かったりもしない。
それに彼女ほど頭も良くなかった。
二人は正反対でどうして友達をやっているのか少し疑問だ。

「久しぶりに会った気がしますね」
「最近バタバタ忙しかったからなー」

今日みたいに講義のない日は珍しかった。
自習しに来た生徒に自習室は開放しているが、彼女はどうしてここにいるのだろうか。
ここは教員室。普段生徒は近づかない場所だ。
何かあったのだろうか。

「何か用か?」
「合格したので報告に」
「……あぁ、君は県外だったか」

松山の志望校を思い出す。
彼女はその頭の良さを活かして、偏差値の高い県外の進学校を志望していた。
県外の高校は受験日が少し早い。
合格したなら、はなとは高校は別々になる。

そういえば、はなが悲しがっていたのを聞いた気がした。
もう遠い昔のようだ。

「合格おめでとう」
「はい、今までお世話になりました」
「……いや、俺で力になれたならよかったよ」

俺の言葉に松山は礼儀正しく頭を下げる。
話は済んだだろうと思い、教員室の扉に手をかけた。
そんな俺の腕を松山は容赦なくガシリと掴む。
まだ話があるのだろうか。

「何か用か?」
「先生こそ私に用がありませんか?」

にっこりと笑って言う松山の言葉に首を傾げる。
心当たりがない。

「はなの試験日明日ですね」
「あ……あぁ、そうだな」

触れられたくなかった核心に彼女は難なく触る。
その遠慮のなさに思わず舌打ちしたくなったが、仮にも生徒の前だ。
講師としての態度を崩したくなかった。

「気を悪くしましたか?」
「……いや、不意打ちだったからね」

にっこり笑う松山の顔は確信犯だ。
これだから賢い子は面倒くさい。
はなくらい扱いやすい子ばかりだと俺の仕事も楽になるんだがそれは高望み過ぎるだろう。
ため息をついて嫌々口を開く。

「はなのことで何か話が?」
「えぇ、先生、空き教室行きません?」

なるべくなら早く切り上げたくて自分から本題に触れた。
面倒くさいと思った俺の気配を感じたのか、松山が俺の右腕を締め上げる。
その力の強さに眉をしかめ、俺は松山の腕に手を添えた。

「放しなさい、逃げないから」
「先生、セクハラですか?」

セクハラの一言にパッと手を離す。
誰かに聞かれたら退職もありうる。
してもいないセクハラで免職なんてたまったもんじゃない。

「……松山、いい性格してるよな」
「お褒めに預かり光栄です」

俺が手を離すことをわかっていての言動だろう。
褒めてないのににっこり微笑まれて拍子が抜けた。

彼女に腕を掴まれたまま、近くの空き教室に入る。
途端解放された腕で教室のドアを半分閉めた。

またセクハラ扱いされてはたまらないが、人に聞かれてはまずい。
はなと俺はここではただの講師と生徒なのだ。
今はその関係ですら怪しい気もするが。

「で、何の用だ?」
「はなからどこまで聞いてます?」
「どこまでって、最近めっきり連絡してこないぞ、あいつ」

持っていた鞄を手近の机に置き、松山は俺に向き直る。
質問に質問で返す松山に俺は本当のことを言った。

あの言い争い以来、一ヶ月半はなから連絡が途絶えている。
俺もあいつも携帯だって持ってるし、お互いの家も近い。
連絡しようと、会おうと思えばいくらでもできるはずなのだ。

でも、何故か気が進まない。
家に行こうとしても、メールを打とうとしても、手が止まってしまう。
こんな状態はよくないと思っているし、気に食わないが、俺には宿題もある。

はなに謝らなければいけない。
俺が悪いと素直に認めることが出来るのに、どうして会いにいけないのか。

「あれ、あの子本当に言わなかったんですね」
「だから何を」

行儀悪く机に腰掛け、腕を組んでいた松山が首を傾げる。
その心底不思議そうな表情に俺のほうが問いたい。

「はな、澤田くん――祥希に告白されたって」
「え……」

予想外の言葉に、俺は開いた口がふさがらない。
そんな俺を、松山は面白がるような目で見た。

「……予想もしてませんでした?」
「まぁな」

平静を取り繕っても、松山にはもう俺の動揺なんてバレバレだろう。
でも、教師としてのプライドが俺にあからさまに慌てることを許してくれなかった。

はなが澤田に告白された。
信じられなかったが、澤田ははなのことが好きなのだ。十分にありえる。

秋のある日、俺に牽制してきたことを思い出す。
あのあとそれ以上なんの接触もなければ、はなの様子がおかしいこともなかった。

だから、完全に油断していた。
あいつにはそんなことはできないと、どこか高をくくっていたのだ。
その結果がこのざまで、俺は衝撃に一言も発することが出来なかった。

でもそれ以上にショックなのは、はなが俺にそんな大事なことを隠していたことだ。
いつもなら真っ先に俺に相談してくれるはずのはなが、俺には一言も言わず黙っていた。
その事実が俺の心に影を落とす。

俺が沈んだのを察したのか、松山は気遣うように口を開いた。

「あの子が先生に隠し事するなんて珍しいですね」
「……俺は嫌われちゃったからな」

自虐的に言う俺に松山は冷たい顔。
同情くらいしてくれたっていいじゃないかと思った俺に松山は冷静だった。

「嘘ですよ。先生も分かってるでしょう?」
「……」

松山はそう断定してくれたが、どこか納得できなかった。
はなが口にした『嫌い』は、喧嘩中思わず出てしまった言葉であろう。
言葉のあやだろうことは分かってる。

でも、それは自分でも思った以上に俺の心に突き刺さっていたようで。
会いに行きたいのに腰が重たいのは、はなはもう嫌いな俺に会いたくないんじゃないかって不安だからだ。

我ながら女々しい奴だとは思う。
けれど、不安がる心をとめることができない。

澤田の告白にはなはなんて答えたのだろう。
はなの答えを知りたいような、知りたくないような複雑な気分だ。
先を越されたという思いと、はなの答えを知りたいと思う心が交錯する。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。

もしかしたら、恋をしているのかもしれない。
ただの独占欲なのかもしれない。
でも、澤田には渡したくない。
それだけで、はなの手をとっていいのだろうか。

黙り込む俺に松山は意地悪く笑う。

「誤魔化さないで、気持ちを伝えてくださいね」
「……松山、君はどこまで知ってるんだ?」
「ほぼ全部です」

悪びれずしれっと言う松山に頭が痛くなりそうだ。
あいつは親友だからって松山に何でも話しているのか。
はなの口が軽いと知る。これだって今までは知らなかった事実だ。

「はなは先生のこと、本気で好きです」
「でも、澤田に告白されたんだろ?」
「……それぐらいではなが心変わりすると思ってるんですか?」

松山の瞳に怒りが浮かぶ。
それに俺は早々に白旗を揚げた。

「馬鹿なこと言った。忘れてくれ」
「嫌ですよ。ちゃんとはなに言いつけます」

まだ怒っているのか、松山は底意地の悪いことを言う。
そんなことされたら、仲直りしようと思っているのに、仲直りできなくなってしまうじゃないか。

「謝りに行こうと思ってるんだ。だから、これ以上は」
「……仕方ないですね。それなら黙っていてあげますよ」

必死に説得しようとした俺に、松山は悪戯っこみたいな顔で言った。
この言葉を俺から引き出したかっただけか。騙された。

「はなのこと本気で考えてください。それで内緒にしておいてあげます」

真剣な表情で松山は俺を見つめる。
俺の真意を探っているかのようの視線に居心地が悪い。

本気で考えたら、こんな面倒な関係、心底ごめんだ。
親同士は仲が良く、はなは俺の生徒。
年の差だって十二もあるし、第一はなは俺の好みとは正反対の女だ。

でも、はなが誰か他の奴のものになるのは嫌だった。
大事に大事に守ってきたのだ。
一番長く一緒にいたのだ。
ぽっと出のどこの骨とも知らない男にさらわれたくなどない。

好きだ。
子供っぽい仕草が、小さい身体が、すぐ不機嫌になるところも好きだ。
お馬鹿なところを、笑った顔もこれからも守っていきたい。

今までちっとも定まらなかった心が決まる。
妙に清々しい気分だった。

そんな俺の表情を見て、松山は合点がいったようだった。
俺のきっかけをくれた松山に礼を言う。

「……ありがとう、松山」
「まぁ、生徒の分際で生意気ですけどね」

そううそぶく松山は『生徒』と言う割に大人びていて、微笑みが末恐ろしく思えた。